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衛生微生物講座
麻布大学生命・環境科学部
古畑 勝則 准教授

第4回 温泉水のレジオネラ汚染

 今回はレジオネラ属細菌(Genus Legionella)についてお話します。レジオネラは主に呼吸器系に感染する病原菌であり、レジオネラ症と呼ばれる肺炎(レジオネラ肺炎)や熱性疾患(ポンティアック熱)を引き起こすことが知られています。このうちレジオネラ肺炎はしばしば重篤化することもあるため、重大な感染症の1つです。感染経路は菌を含む飛沫を吸い込むことが主原因であり、人から人への感染はありません。また感染性は弱く、抵抗力の低い高齢者や免疫不全患者による発症が多いことが特徴です。
 レジオネラ症の感染源は今回取り上げる温泉水や給水タンク、噴水、冷却塔、加湿器およびシャワーのような人工的な水環境に多いとされます。特に日本は有数の温泉大国であり、癒しの場として浴場施設が利用されており、近年こうした浴場施設においてレジオネラ症が発生しています。2002年、宮崎県日向市の温泉入浴施設において本邦では最大規模のレジオネラ症集団感染が発生し、浴場施設でのレジオネラ症に対する関心が一段と高まりました。

 レジオネラの形態学的特徴は、培養細胞が大腸菌などと比較して非常に細長いことです。新鮮分離株では0.3〜0.9×2〜5μmの桿菌で比較的均一な細胞が観察されますが、培養時間の長いものや何代も培養を繰り返したものは長さ20μm以上の長桿〜繊維状の細胞が混在していることがあります。また、レジオネラは栄養要求性が複雑であり、通常の細菌検査用培地にはまったく発育せず、B-CYEα寒天培地という特殊な培地を用いて培養します。このようにレジオネラの培地上での増殖至適条件は非常に限定されているにもかかわらず、自然環境においてはpHや温度などの物理化学的条件の異なる広範囲に生息していることが知られています。

【図1】アメーバ(中央)から拡散するレジオネラ

【図1】アメーバ(中央)から拡散するレジオネラ

 また、レジオネラには通性細胞内増殖性という特徴があります。一般に原生動物と細菌は食物連鎖の関係にあり、細菌は原生動物の餌となります。ところが、レジオネラは捕捉されたアメーバなどの原生動物の細胞内でも増殖可能です。通常の細菌は原生動物の食胞内で消化されますが、レジオネラはこれに抵抗し、細胞内で増殖し続け、最終的には宿主である原生動物の細胞を破壊して水中に拡散します(図1)。さらに前回の講座では水環境に生息する微生物の棲みか、すなわちバイオフィルムについて解説しましたが、レジオネラもバイオフィルムを形成することが知られています。アメーバなどへの寄生による短期間の増殖に加えて、さらに棲みかとなるバイオフィルムを形成する結果、水環境におけるレジオネラ汚染が継続的に起こると考えられます。

 表1には全国の温泉水におけるレジオネラの生息状況を示しました。全体で710試料中、204試料(28.7%)よりレジオネラが分離されました。その内訳は全国47都道府県すべての地域の温泉水から分離され、分離率は3.8〜100%でした。分離率の顕著な地域差は認められず、日本全国の温泉水にレジオネラが生息していることが明らかになりました。

【表1】国内の温泉水におけるレジオネラの生息状況

【表1】国内の温泉水におけるレジオネラの生息状況

 現在のところ、温泉水のみに適応されるレジオネラの規制基準値はなく、お風呂の浴槽水を念頭に置いて設定された基準値を準用しているのが現状です。この基準値は10cfu/100mL未満であり、実際の検査では不検出を意味します。温泉水はその泉質が多種多様であり、温泉水の供給システムも施設によって異なることから、画一的な対応策は提案しにくい状況です。上述のように、レジオネラ属菌はバイオフィルム中で増え続けることから、浴槽水の水処理だけを行ってもレジオネラの供給源を絶たない限り抜本的な対策にはならないと考えられます。このことがレジオネラ汚染対策はバイオフィルム対策であるといわれる所以です。バイオフィルムの発生防止に関しては種々検討されつつありますが、いまだに得策がないため、あらゆる水環境でバイオフィルムが発生し、各分野で弊害が生じています。形成されたバイオフィルムを除去するには物理的剥離、すなわち清掃が最も有効です。一方、低濃度の塩素剤による浴槽水の消毒だけでは塩素耐性であるアメーバには効果がなく、温泉水を安易に塩素処理することの是非については議論のあるところです。温泉水に塩素を投入することにより泉質が変化し、もはや温泉水ではなくなると嘆く人もいます。また、発ガン性物質の発生など塩素消毒の弊害を危惧する人もいます。しかしながら、レジオネラに関する現状の維持管理において塩素処理が有効な一方法であることは否定できません。自己管理が推奨される温泉水の衛生的維持管理においては、上述の清掃および塩素処理の他、レジオネラの生息状況等、現状を十分に把握することが重要であり、施設ごとに供給システムの特徴を熟慮した適切な対応を行うことが強く望まれます。

参考文献:
1. 古畑勝則 (2005) レジオネラ症感染防止対策に関する研究、防菌防黴、33、397-406.
2. 古畑勝則 (2005) 温泉水におけるレジオネラ汚染とその対応、水環境学会誌、28、559-563.



古畑 勝則 准教授 古畑 勝則(ふるはたかつのり) 准教授
麻布大学生命・環境科学部
微生物学研究室

学位:博士(獣医学)
研究分野:環境微生物学、微生物生態学
代表著書:バイオフィルム(サイエンスフォーラム)、水ハンドブック(丸善)、
食品のストレス環境と微生物(サイエンスフォーラム)など
麻布大学のホームページ


バックナンバー

第1回 水道水中の貧栄養細菌
第2回 水道水中のメチロバクテリウム
第3回 微生物の生活空間 −バイオフィルム−

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